国際社会勉強会
「永遠平和の可能性について――カントとともに考える――」(ハイブリッド開催)
開催日 2026年2月21日(土)13:30~15:30
会場 津田塾大学千駄ヶ谷キャンパス同窓会会議室
講師 萱野稔人氏 (津田塾大学総合政策学部 教授)
この勉強会では、萱野稔人先生がカントの『永遠平和のために』を読み解きながら、永遠平和とはなにか、その実現がどのようにして可能なのかなど、カントの考えをわかりやすく解説されました。
講演は以下のように進められました。
- イマヌエル・カントと『永遠平和のために』について
2.平和とはなにか?
3.理想論の対極にあるカントの考え
4.戦争が起こりにくくなる国際関係とは何か?
5.永遠平和はどこまで現実的なのか?
【講演の概要】
『永遠平和のために』はカントが71歳のとき、フランス革命勃発から6年後の1795年に出版された。近代国民国家や新たな国際関係の出現などを目の当たりにしたカントは、その世界秩序を維持するための平和の原理を提示すべく、本書を著した。
まず「平和」とはなにか、が考察される。それは「戦争のない状態」ではなく、「法の支配の確立」であり、諸国家が実力行使ではなく法に従って対立を解決するようになる状態である。だが、人類社会にははじめから法の支配が備わっていたわけでない。一国内では近代国家において法の支配が確立した。だが、国際社会ではどのようにすれば法が遵守されるようになるのか。この問いに対して、カントは「人間には高い道徳意識がある」という理想論を否定し、戦争は人間にとって異常なものでなく、むしろ平和こそが希有なものである、という前提に立った。そして平和の実現には戦争が起こりにくい社会の仕組みを構築せねばならず、「平和状態は新たに創出すべきもの」であると考えた。
では、国際法はどのような国際関係のもとで各国にもっとも遵守されるのだろうか。カントは世界国家(国家の上の国家)の樹立には抑圧を招く危険があると指摘し、法による紛争解決を重視する諸国家が連合し、法の支配の範囲を広げることこそが最適な方法であると説いた。
だが、世界国家がなくとも、諸国家は果たして法の支配を受け入れるのだろうか?カントはすべての国が、少なくともことばの上では「法・権利」の概念を尊重し、法を自らの行動の正当化に用いていることに着目した。そしてそこに「人間のうちに眠る道徳的素質、悪の原理を克服できる可能性」、すなわち永遠平和の保証に寄与する可能性を見出した。その保証は永遠平和の将来を予言できるほど十分ではないが、実践するには十分であり、決して夢想ではない。ゆえにカントは、目標に向かって努力することが私たちの義務である、と結んでいる。
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参加者からは、トランプ政権の外交政策をカントの思想からみるとどのように評価できるのか、カントが日本の鎖国を評価していたのはなぜか、などの質問があり、萱野先生からは丁寧な説明がありました。トランプ政権に関する返答のなかで、その背景を理解することはそれを正当化することとは異なる、として背景理解の重要性を強調されたこと、カントが世界情勢に精通した現実主義者であったとの指摘、また「覇権」をキーワードとした現在の国際関係や米国の外交姿勢の転換に関する分析が印象に残りました。
カントは平和構築の道のりが一筋縄でなく困難であることを想定しつつも、その実現可能性を信じていました。国際法が踏みにじられ、力による支配が横行する今日の世界において、私たちは諦観や絶望にとらわれがちですが、このような時代だからこそ、カントの思想を学びなおす意義は大きいと思われます。古典がもつ現代性を改めて認識した講演でした。
会員専用ページもご覧ください。
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